昭和十七年八月十九日 ― 2020年04月25日 11:28
座席はうまくとれた。ポォッピィッピィッと三つのちがふ汽笛をならして汽車は靜に動き出した。ゆっくりゆっくり走る。一面霧がかかってゐて、あたりの景色はおぼろげにしか見えない。矢ヶ崎山の裾だけ見える。ゴットンとにぶい音を立てゝ二十六号トンネルへ入った時はもうおしまいだと思った。
熊ヶ谷の駅でプラットホームの前の方にアイスクリーム売りがゐるが中々こっちへこない。汽車が動き出した、兄が「よし、うまく買ってやれ」と動いてゐる窓口で「四ツ」といってお金をわたす。さうたう早く走ってゐるので、売子はソレッとか言ってアイスクリームの入ってゐる箱ごととび上って四つわたしてくれた。まさにキキイッパツである。乗客の感歎した様な顔、うらやましげな顔……(アイスクリームは少ないのです)
汽車は雨の中を通ったり晴れた所を通ったりして東京へ近づく。雨が降ってゐるので毛織の上衣を着てゐたが、赤羽まで來ておかしいからぬいだ。東京まで着て行ったら人が笑ふだらう。
上野で自動車を待つ間、町がごみごみしていること、さうざうしいこと、汚らしいのでびっくり。きょろきょろした。
家へつく。女中※がおさうぢしたと見えて中々きれいだ。さてこそ我が家なりといふ気がする。今日はとっても涼しい日ださうだ。ヘェこれでも……。何となくムッとする。
※女中 住み込みのお手伝いさん。この年くらいまで都会のサラリーマン世帯にはたいてい居た
コメント
_ トマサラ ― 2020年04月26日 23:38
_ イノリン ― 2020年04月30日 15:53
母の後ろ姿、そう言われればキリッとしていますね。細かいところまでよく見てくださって感激です。今日このあと、4巻の前書きの部分をアップする予定です。
どういう状況の中の日記だったかを、母がその後記しているのでそれを皆さんに読んでいただきたいです。
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://inorin.asablo.jp/blog/2020/04/25/9239087/tb
最近のコメント