昭和十七年十二月二十五日2020年05月09日 12:09

十二月二十五日  
 
 今日から冬休みだ。安心して寝坊してしまった。 
 
 今年の冬は(去年もさうだったが)保温上、又物資節約上、長ズボンで過すことになってゐる。ズボンといったってそんなステキなのぢゃあない。労働ズボンである。

  午前中は私のブラウス※を作った。

 午後は大塚の繪の先生※の所へ行く。こんどは柚子ときんかん。前の御清書の紅梅をお見せしてかへった。かへりがけに紙屋に寄ってお書初めの紙を買ふ。

  まち中どこでも日本髪※を見る。




※ブラウス 小学一年でミシンがけを覚え、この頃は裁断も仕上げも自分でやった。絵のシンガーミシンは後に嫁入り道具となる

繪の先生 母のすすめで日本画を習いに行った。色紙に花鳥の絵を先生が手本として描きその模写をする日本画の初歩画法。それなりに面白いが独創性がないのが不満 

日本髪 なぜかこの年末年始流行した




昭和十七年十二月二十六日2020年05月09日 12:32

十二月二十六日 
 
 晴れてゐるけれど風がものすごく冷い。

  父、兄と共に寺詣りに行く。

  歸ってからは靴下つぎ※をし、きのふのつゞきのブラウスを全部仕上げした。




※靴下つぎ 木綿製だからカカト、ツマ先にすぐ穴があく。電球を中に入れ、当て布をしてかがるのは日常仕事だった




昭和十七年十二月二十七日2020年05月09日 12:35

十二月二十七日  

 前からの約束で不破さんのおうちへ行く。少し早すぎて九時頃着いてしまった。榮坊※のクリスマスカードと、モンチャン作の小説を見せていただいた。そのうち小林さんがいらして江沢さんと待合わせしたけど來ないから來ちゃったとのこと。江沢さんは相変わらずだ。

  四人そろってからお庭で羽根つきする。そしておじ様に寫眞をとっていたゞいた。

  御飯のあと「タカラさがし」をやった。おもしろくてむづかしくて勝負は五分五分位。落着いた氣持でストーブをかこむ。四人かたまると話しのきりがない。學校のこと、これからのこと……皆一日中はなしてゐてもいいわねと言ひ合う。かうして互に本当の心で語り意見をのべて行くところに向上があり進歩がある。




※榮坊、モンチャン この年の夏休みに北軽井沢で仲良しになった青年たち。夏休みの部参照



昭和十七年十二月二十八日2020年05月17日 15:09

十二月二十八日  
 

 今日も風があって寒い。

 兄と二人で田舎の親類が野菜其他をくれるといふので出掛けた。

  省線の駅で電車を待ってゐる時、ウーウウージャンジャンジャンと音がして消防自動車が走って行った。向かふで灰色の煙がモコモコ上ってゐる。暮に火事になるなんて随分こまるだらう。お正月のための野菜を二人でリュックと風呂敷にうんと入れて六時頃家に歸った。

※省線 JRのこと





昭和十七年十二月二十九日2020年05月17日 15:26

十二月二十九日  

 もう今年もあとわづかしかない。

  お正月には何はなくても家の中だけはきれいにと、姉と二階を全部さうぢして疊をふいた。すっかりきれいになってさっぱりした。

  そのあと障子の切張や色んな形に紙を切って破れた所をつくろった。 又、神棚からローソク立てなどをおろして來て、おこたつで磨く。ゴシゴシふくとすぐピカピカになってうれしい。

  夜は佛印の兄※の所へ手紙を書く。兄も來年はかへれるだらう。たのしみだなァ。  



※佛印の兄 フランス領インドシナ、略して仏印(現在のベトナム)。騎兵将校ではなくなり、軍籍のまま昭和史上の「仏印進駐」にともなってハノイの軍司令部にいたようだ



昭和十七年十二月三十日2020年05月17日 15:31

十二月三十日 
 
 今日からは御料理だ。

  いつもの様にお座敷をさうぢしてゆふべからの水につけておいた寒天を火鉢にかける。

  今年のおこんだては物資不足の折からあんまり品数も多くはない。その上、ガス節約である。

  寒天は白いアラレを浮かした赤い寒天である。

  練炭火鉢※にはオサツの鍋がプウプウ湯気を吹いてゐる。それを裏ごしして半分はきんとんにして殘る半分はウメ、キク、ソラマメの形にして寒天の液をかけた。何だかとてもきれいでたべたくなった。そのほかに、かまぼこに色をつけたり、ダテ巻を切ったり煮豆をお重に入れたりして大いにいそがしかった。



※練炭火鉢  朝着火すると一日中炊事に使えるし、暖房にもなるので重宝だった