和子さんの冬休み絵日記2020年12月17日 13:29

十二月二十七日 土曜 睛時々小雨

疊屋さんと手傳の人が來てくれることになって、大さうぢをする。

姉と私とは二階の受持ち、一年中のごみを全部はき出してたたみふきをしたゞけでもう御晝になってしまった。晝御飯のときおむすびをこしらへた。

午後はガラスふきとベランダのさうぢをした。普段あんなにおさうぢして置いても、たゝみなどふくと、雜布はすぐ眞黑になってしまふ。どこから入るのか知らなかいが、ごみやほこりもずいぶんあるのに驚く。

下でも母達がたゝみを出したりして尾られるので、そこも手傳った。
夜足がだるくてこまった。

原文ママ






和子さんの冬休み絵日記2020年12月17日 13:22

昭和十六年 十二月二十六日 金曜 睛後雨

大久保の姉の所へ行くつもりだったが、起きると雨だった。

明日は大さうぢだから翌々日に行くことにする。

和子さんの冬休み絵日記2020年12月16日 12:48

今年になって、母の遺した昭和16年の夏休み絵日記帳の後ろの方に、冬休みの絵日記が綴られていたのを発見しました。ページが完全に終わっていたため、まさか数ページ後に冬休みのものが始まるとは思っていませんでした。中国との戦争でいよいよ資源不足に陥っていた頃だったのでしょう。この鍛錬日誌とかかれた日記帳も夏冬一緒に印刷したものだと思われます。

ということで、昭和16年から17年にかけての冬休み絵日記を初めて御披露します。よろしくお願いします。ちなみに母が中学1年生の時のものです。


昭和十六年 十二月二十五日 木曜 晴

いよいよ今日から冬休みだ。今度もいろいろ御手傳が出來さうでうれしい。

朝御座敷のさうぢをして、繪の先生の所へ行く。菊の寫生が出來て今度はクコだ。めんどくさいと思へばそれまでだが、だんだん書けて行くのがたのしみだ。

家へかへると、姉は縁側で靴下カバーを作っているので、私も仲間入りしてこしらへた。あつぼったくてあたたかいのが出來た。母にもこしらへて上げることにする。

夜、母と洋服のなほしをしていると、ラヂオがとつぜん臨時ニュースを發表した。「香港は降伏せり云々……」と。家中思はず萬歳をさけぶ。この感激!日本人のみの知るものである。さう、私達は日本人なんだ。私達はなんといふ幸せなありがたい國に産まれたのだらう。








最近の女の子2020年07月26日 15:37




母の絵日記を全部掲載したので、
今月から自分の絵をアップすることにしました。

そうは言っても上手な絵ではなく、落書きのようなイラストです。
自分ではヘタ絵と称して、数年前はそれで1冊手製本に仕上げました。

憧れは漫画家でしたが小6で挫折。左向きの顔が描けなかったからです。

今年、待望のアップルペンを購入し、自粛期間中iPadで練習して、
やっと使い方がわかってきたので、公開することにしました。

なぜデジタルにしたかというと、漫画「大家さんと僕」で一躍有名になった、
カラテカの矢部さんの漫画の描き方がデジタルだったからです。

あんなタッチが描けたらいいなーと、またあのような作品が描けたらいいなーと
憧れを持ったからです。
もちろん、無茶なのは承知ですが、目標は高くしようと決意したまでです。
(矢部さんのファンの方ごめんなさい)

この秋から年金受給者なので、好きなことをやらせてもらいます。
今回の絵にしても、あくまで私、イノリンの主観です。

ご理解のほどよろしくお願いいたします。