父の太平洋戦争 ― 2021年09月03日 17:47
これまた説明がないので詳細は不明です。父が描いた絵です。昭和19年頃だと思います。
↑薬は売り切れでも下剤はあると。静岡の新居町にあるお店でしょうか?
↑汽車が走っている脇に兵舎やグラウンドがあったのでしょう。畑を耕す人たちと、休み時間にバレーボールを楽しむ人たちなのでしょうか。独自のビジョンで描かれています。
↑レタリングがうまい! 訓練しているのは4人で、医務室に入室しているのは1人で、軽業というのがよくわからないのですが調べると、危険を伴う事業や計画とあります。注射を打っているのですが、予防接種なのでしょうか?謎です。
また、出勤とはなんでしょうか?指示する側の人でしょうか?まったくわかりません。どなたか教えて下さい。
また、出勤とはなんでしょうか?指示する側の人でしょうか?まったくわかりません。どなたか教えて下さい。
父の太平洋戦争 ― 2021年09月25日 17:57
また父の軍隊の絵です。
元旦 皇居遥拝の後 酒を分配と裏にメモが書いてあります。
母の絵日記でも遥拝のことが書いてあり、宮城えうはいと書いてあったので、
宮城県になにするの?と聞いたことがあります。きゅうじょうと読んで、皇居の方を向いて拝むことだ母に笑われました。
↑この日の食事なのでしょうね。白飯が嬉しかったのでしょうね。銀めしなんですね。ハレの日のご馳走でよく覚えていたようです。美味しそうに描かれています。羊羹は上手く描けなかったのか、別に描いて貼っています。こだわっていますね。
最近、実家を掃除していたら、父のメモを発見しました。↓
おそらく晩年寝床で書いたのではないかと推測します。文字がどじょうのようにうごめいているので判読が厳しいです。
でも、資料とも言える貴重なメモなので、頑張って読解してみようと思います。
生前に気づいていたら、いろいろ聞けたのに残念です。もしかしたら、母の絵日記に対抗意識を燃やしていたのかもしれません。
若い頃は、俺だってできるが口癖でした。笑
いつになるかわかりませんが、応援よろしくお願いします。
娘:深澤涼子






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