昭和十七年八月十三日2020年04月18日 14:12

八月十三日  

 約束の通りに姉の家に行くと、範ちゃん幹雄ちゃんが飛び出して來た。箙ちゃんはかはいさうにリンパ腺だかおできだかが出来て、首の所に赤い大きなものがあり、荷物の様に氷のうをしょってゐた。でも元気である。

 午前中は遊んで午後から鳥狩りをした。皆の服装といへばワイシャツに長ズボン、軍手をはめたり手拭を持ったり、そして棒切れを持ってゐる。この前鳥がゐたといふ所へいく。そこはマレーのジャングルの様なうっさうとした森。時々木と木の間にかゝったつるで腰がからまりウンウンいってもとれないこともある。いくらさがしても鳥はゐない。範ちゃん幹雄ちゃんまで皆と同じやうなかっこうでチルチルミチルの様に籠を持って(この籠に鳥を入れようといふのです)森の外でまってゐる。ではあぶないと思って引越てしまったのではないかと言ふことになった。


 
 一たん家へかへって休み、しゃくだからもう一度行った。声はするけれど、どこにゐるのかさっぱりわからない。たまにゐても私達につかまってくれる様な殊勝なのはちっともゐなくて、遠慮なく逃げてしまふ。おまけに野原の方へ行ったら草が首まであって泳ぐ様。 まちくたびれた幹雄ちゃんは「ママァマダ?」と心細さうな声を出す。たうたう一ぴきもとれず、足が棒になったのをおみやげに引上げた。みんな足をなげ出してフウフウ言ってゐる。

  泊って行け行けとさかんにすゝめる皆に別れて家へかへった。眞暗になってから。 

 淺間爆発あり。大砲の様な音がする。




昭和十七年八月十四日2020年04月18日 14:27

八月十四日  

 きのふでくたびれたので一日家にゐた。

  夕方になってすぐそばの小川に行ってみた。何年も見てゐながら実際に行くのは今日が初めて。足を入れると冷い。案外淺い。そして水がきれいだ。メダカ位の魚がゐる。ジャブジャブジャブ。そのあたりを歩きまわった。

  バスの車掌がうらやましさうな顔でわらひながら橋の上を通って行った。

 メダカみたいなのではしようがないから、その辺を荒らし廻るだけにしてかへった。

  橋の上にあがったら淺間が爆発した。




昭和十七年八月十五日2020年04月18日 14:30

八月十五日  

 暑い。実に暑い。今まで何年か軽井沢へ來たけれどこんな年はなかった。八月の始め数日寒い位だったけれどそのあと(さすがに夜は冷え冷えするが)日中は外へ出ると手などがチリチリする。おかげでテカテカ黒くなってしまった。

  夕方少し涼しくなってから、三人で八百屋さんの馬をかりて乗った。去年みたいに走るとこわいなんてことはない。まだ反動※が十分ぬけない。かわりばんこに乗ってゐたら、淺間が爆発した。

  八百屋さんに馬をかへしに行ったら演習に來てゐる早稲田の學生が大声でひやかすので腹が立った。「ガラがわるいわね」などと話しながらさっさと帰った。



※反動 ドンドンと同じ意味。馬が走る動きに逆らわないようにリズミカルに腰を浮かすこと