昭和十七年七月二十八日 ― 2020年03月29日 14:20
七月二十八日
光陰矢の如く、私達が來てからもう一週間以上。いよいよあさっては北軽井澤とおわかれである。
何だか皆さんが私達のため明日送別會を開いて下さるとか。ヒミツヒミツと言ひながら、色んな情報がはいる。防諜週間※といふのもあるのに、まるでだらしなくみんなにわかってしまふ。
私達四人は仮装とげきをすることにする。げきは皆のことを題にしたもので実際にあったことばかり。私が大体すぢを書いて皆で打合はせをする。わざと練習はしないつもり。 今日はとても面白くかつ馬鹿々々しく又憎らしい事があった。それは……
私達がお部屋であすの色々の事をしていると、御姉様がキャラメルを三つづつ配給にいらっしゃって、ついでにお隣のモンチャンの部屋へも配給しにはいっていらっしゃったとたん、プッと吹き出す御姉様の声。早く早くとおっしゃるので皆さかひの戸から首をのばして中をみた途端一せいに吹き出しそうになった。何故かと言ふとモンチャンは部屋のすみに積んであるふとんの上の方に足を上げて手を両方にのばし口を開き、おまけに敷ぶとんをかけてグウグウねてゐるからだ。
不破さんが口の上にキャラメルをのせた。目がさめないらしく白河夜舟で時々寝ごとみたいな事を言ふ。
オヤねがへりしたらキャラメルが落ちた。もう一度、今度は皮をはいで口の上にのせた。そのかほ!そのかっこう!みんなおなかのいたいほど笑った。
誰かが寫眞機を取って來た。三枚ばかり寫す。又キャラメルが落ちた。もう一度のせるキャラメルはモンチャンのほゝにへばりついて息するたびに振動している。
私達が部屋で大笑いしてゐると、ゴソゴソ起きたらしい。おしかけて行って「さっきのかっこう」と言ふと「さうかい」とトロンとしてゐる。けれどこれは後でタヌキだとわかって大いにあきれた。
※防諜週間 スパイに注意せよとの国民運動
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